感想文 15th Jan, 2020

宇多田ヒカルのアルバム「Fantome」を全部通して聴きました.

Spotifyのサブスクライバーとなった今, アルバム1本を1通り(1時間弱)聴くことなんて稀有な事態なんですが, 聴いちゃいましたね.

Tohjiの「Angel」ぶり.

ちなみに心内評価, 5です. カンストしてる.

このアルバムはおそらく, 死生観のようなものをテーマに, 相反しつつも矛盾しない情緒をメロディにのせ, ラブソングという多義的なものを表現してるのだと感じました.

 

あまりに曖昧で, ポジとネガで括ることは難しい気もしますが, このアルバムの曲の流れの中には, "アゲの曲"と"サゲの曲"があたかも無秩序にちりばめられています.

俺はそう感じました(以下、"").

ある曲ではクソ遅いテンポでしっとりと「死んだ母」について歌いますが, その次のトラックではテンポよく「恋真っ盛りの気持ち」を歌います.

そういった対義的ないくつもの感情も, 全て一貫した宇多田ヒカル個人の言葉としてレコードに落とし込んでいる, という印象.

 

また, 曲を聴く中で印象的なのが, 相反する表現でした.

「It's lonely road. But I'm not alone」, 「降り止まぬ真夏の通り雨」,  「止まない雨/癒えない乾き」, 「大好きだから嫌い」, and so on...

書いてて恥ずかしいですね.

 

以上のように, 一見して無秩序なようでありながら分離しない情緒や表現がメロディーに乗せられ, 絡まりあいながらラストトラックの「桜流し」に収束する, というのがこのアルバムのおおよその構造なのではと思いましたが, どうですか.

 

以下, 各トラックの感想

1. 道

めっちゃくちゃポッポ(POP の意)で聴きやすいやつです.

1st Verseでこのアルバムの核心である「宇多田ヒカルにとっての藤圭子の存在」に触れつつ, なんかCMで聴いたことあるHookに入ります, 入りました(書きながら聴いてる).

はいキタ

「私の心の中にあなたがいる いつ如何なる時も」

らしいです.

あと, これはこのトラックに限らず, 今後の全てに言えることですが, 宇多田ヒカルは(も)めちゃくちゃ韻を踏んでいます. 丁寧な脚韻をはじめに, 歌詞カード上では踏んでいない部分も, ハミングなどで韻を踏み, 聴感上の気持ち良さを与えてくれています. その上, 文章上で不自然さを与えない作詞能力はヤバいですね. 気がついてニヤつくPatternさながらIce Bahn.

 

2. 俺の彼女

ややDepressingなAtomoshpereの曲です.

この曲は, 「俺の彼女はそこそこ美人 愛想もいい 気の利く子だと仲間内でも評判だし」という男性である「俺」目線の太い声の歌い出しから始まります.

ひとしきり「俺」が「彼女」の自慢をしたのち, 細い声で「彼女」目線の歌が始まります.

「あなたの隣にいるのは私だけれど私じゃない/ あなた好みの女演じる内にタフになったけど いつ終わるの」

そういうヤツか〜ってなりました. 僕はこのような複数の視点から構成される文章が大好きなのでテンアゲっちゃいました. (例. Eminem, Kendrick, Creepy Nuts, 湊かなえ, and so on...)

そういった, 複雑な二人の関係は以下のような「彼女」の気持ちに集約されます.

「カラダよりずっと奥に招きたい カラダよりもっと奥に触りたい」

本来なら, 招くのは「彼女」, 触るのは「俺」という解釈が自然ですが, 宇多田ヒカルの解釈では, 奥に招きたいのも, 奥に触りたいのも両方「彼女」のようです(実際, 細く, 繊細な歌声で表現されている).

「俺」は奥まで触っているとすでに感じているのか,

または繊細な歌声は二人は分かり合えないことの暗喩なのか, 知りませんけども.

あとはなんかフランス語(?)でパパッと歌って終わり(なんか韻踏んでるくらいしかわからんかった).

この曲の構造は, 「俺」の目線の曲として始まり, 「彼女」の目線に徐々に主導権を渡していく感じ.

「俺の彼女」という曲名ですが, 「俺の彼女の私」とも解釈できそう. 

 

3. 花束を君に

バラード, ため息が出る(出た)くらいのいい曲.

「君」って誰?「涙色の花束」って何?

教えてよヒッキー...(実は普段から下の名で呼び合う仲, 嘘)

過去形の表現が多用されているので, 故人なのかな.

「普段からメイクしない君が 薄化粧した朝 始まりと終わりの狭間で」

っていう表現は葬式のことなのかな.

 

4. 二時間だけのバカンス feat. 椎名林檎

クソヤバキラーチューン(死んだ)

しっとりしたアルペジオから入り, 徐々に盛り上がっていくビートが印象的.

歌詞的には, 有名美女2名が2時間ガッツリ遊ぶって感じです. なんか不倫の歌という解釈もあるらしいですね.

個人的には, 椎名林檎が「2時間だけのバカンス/ 欲張りは身を滅ぼす」って歌ってるのが激メチャImpressiveです.

この曲では, 宇多田ヒカルの持つ死生観と, 椎名林檎の無常感という2つの感覚が「だけ」という言葉の定義を縁取っているように感じました.

この曲だけはアルバムの中で唯一, 外界の価値観が見える窓のようなイメージを得ました.

さておき, この曲はマーベル・シネマティック・ユニバース的な特別感があって.

二人とも同じ宇宙の同じ地球の同じ国に住む同業者なので, 本来は特別ではない気もしますが, このお祭り感出せるのヤバ〜.

 

5. 人魚

綺麗なスローテンポのバラード. 水中を浮上する気泡のようにきめ細かい伴奏.

ハミングが"美".

そのハミングも含めて曖昧な歌詞. 「夜中」, 「きらめく水面」,「夏」って感じの情景.

1 verse「不思議とこの場所に来ると あなたに会えそうな気がするの 水面に踊る光に誘われて ゆっくりと靴紐解くの」

2 verse「水面に映る花火を追いかけて 沖へ向かう人魚を見たの 真珠のベットが揺れる頃 あなたに会えそうな気がしたの」

全体的に文の主述関係も不確定で. ゆらゆらと揺れた心地よい曲.

「1verseの主人公」, 「1verse目のあなた」, 「2verseの主人公」, 「人魚」, 「2verse目のあなた」という登場人物があり, それぞれの対応関係が謎.

「花火」は, 7曲目の「真夏の通り雨」のMVとかでも出てくるし, お盆を連想させるので, 「あなた」は故人なのかな.

「東の空」ってなんだろ.

 

6. ともだち with 小袋成彬

小気味いい曲.

ともだちという現況から「恋人」という関係へ向かう, もどかしいベクトル感を表現.

韻律と譜割りがスコです. マジで.

俺は, (ほぼ)男子校の人間なのでラブソングの解説ができない.

 

7. 真夏の通り雨

美しく, 鬱々とした雨天のように, ゆったりとしたピアノ伴奏.

「道」が振り出し, 「桜流し」が終点であり, それ以外の9曲がこれらの2点を結ぶ曲線だとすると, 「真夏の通り雨」は劇スーパー超マジ大本命.

もちろん, アルバムという作品形態は一本道なのですが, そうでなくても, この曲は絶対に避けて通れない轍, トラックってわけ.

宇多田ヒカルが母親の藤圭子に捧ぐ愛の歌です. Wikipedia曰く, 「Fantome」は母親に捧ぐというコンセプトから走り出したプロジェクトらしいです. Wikipedia曰く.

 

まず, 宇多田ヒカルの公式メッセージ(以下のリンクの2013年夏頃のメッセージ)を読んでください.

www.utadahikaru.jp

 

 

お帰りなさい.

宇多田ヒカルの歌う「あなた」は亡くなった母親だったんですね.

今は亡き母親の情緒に振り回された日々の記憶を

「勝てぬ戦に息切らし あなたに身を焦がした日々」

と表現する一方, それを

「忘れちゃったら私じゃなくなる」

と続けます. 湿り気がすごい.

さらに,

「揺れる若葉に手を伸ばし あなたに思い馳せる時 いつになったら悲しくなくなる」

「教えて, 正しいサヨナラの仕方を」

らしいです.

 

ここで少し, 「サヨナラ」の表記に関しての僕の見解に言及します.大人気漫画「One Peace」単行本のQ&Aコーナにて作者の尾田栄一郎は「ひらがな/カタカナ/漢字」における表記揺れに関して言及していました. 内容はざっっくり次のようであったと記憶しています.

ひらがなによる表記は純粋さ, 柔らかさ

カタカナによる表記は未知のものに対して, または勢いの表現

漢字による表記は既知のものに対して, またはかたさの表現

これにより, ルフィの「オレ」, チョッパーの「おれ」, ゾロの「俺」のニュアンスを字面で表現していると.

では, 宇多田ヒカルの「サヨナラ」とは. 歌詞で述べているように, 言葉としては知っていても実現の方法がわからないものなのでしょう. 以上, 日本語の奥ゆかしさのプレゼンでした.

歌詞に戻りますと, 「思い出がふいに私を 乱暴に掴んで離さない」と, 母親との記憶に囚われている様子.

ただ, 明らかにもう一方で母親を愛している証拠が「愛しています 尚も深く 降り止まぬ 真夏の通り雨」という歌詞に現れて動きません.

"尚も"という表現の向こうに見える複雑な愛の形が

「降り止まぬ真夏の通り雨」「止まない雨/癒えない乾き」

「止まない」/「通り雨」

「雨」/「乾き」

という相反する表現で綴られています.

 

8. 荒野の狼

ロックなバイブスのかっこいい曲, お隣さんとは大違い.

インターネットによると, この曲はヘルマン・ヘッセの小説「荒野のおおかみ」と強い親和性を持つようです.

「惚れた腫れた 騒いで楽しそうなやつら そうだそうだ お互いを肯定する輩」と, 何かしらへの否定から歌が始まります.

青い恋愛をディスってんのかなって感じ.

また, 「まずは仲間になんでも相談する男 カッコいいと思って タバコ吸う女の子」

と続きます.

 

僕, 気づいちゃったんですけど, これ, アレ, ですよね.

2曲目の「俺の彼女」の「俺」と「彼女」.

 

さらに気づいちゃったんですけど, これ, 「First Love」の「タバコのflavor」ともかかってるんちゃう?どうすかね.

まあ, 「俺の彼女」の登場人物2名の恋愛感は「First Love」の恋愛感よりも大人びてて, 諦観を含んでいる気がするけど.

 

さらに「荒野の狼」では, さらにいろんなものに噛みつきます.

1st Hookでは, 「消えない痛みや恐怖」を歌っています.これは,「真夏の通り雨」に引き続きのものなのかよくわかりませんが.

 

2番の歌詞は「少し苦い飲み物で乾杯したら 青い青いシーツの 向こう岸へ漕ぎ出そう」というフレーズで幕開け. 多分「人魚」となんらかの意味的, 気持ち的な共通点があるのかな.

2nd Hookも1stと同様に「消えない痛みや恐怖」に言及つつ, 「涙見せない主義でも 今宵は私と濡れたらいい」と展開.

 

歌詞の情景描写に言及します. 1番の「タバコ」と2番の「少し苦い飲み物(にビール?)」の嗜好品による対比が印象的でした. 「通り雨」→「荒野」の移り変わりを「タバコ」の乾燥感で表現し, 二番になり登場する「ビール(?)」を踏み台に, 「涙」→「濡れたらいい」と瑞々しく展開. って感じではないかと思いますが, いかがですか.

 

この曲の最後に歌われる, 「満たされぬだけ 与えられたのは何故? 好きだ それだけで 引き留めちゃダメだよね 永遠の始まりに背を向ける私たち」

の部分では, 2曲目の「俺の彼女の私」が顔を覗かせてるような気がします. なんか「俺の彼女」の最後の方に, フランス語(?)で永遠がなんとか言ってた気がする.

 

P.S.「首輪」と「好きだ」のライミングのセンスが好き.

 

9. 忘却 feat. KOHH

バチヤバチューン.

スローテンポ. 後半の「タタタツタタタツ」のビートが好き.

多分葬式の曲.

KOHHのゲキヤバラップからスタート.

KOHHのリリックの「記憶なんてゴミ箱へ捨てる ガソリンかけて燃やしちゃえ」ってのは, 実際の宇多田ヒカルの母親の葬儀の方法に言及してるんですかね.

 

いろいろ言いたいことはあるけど, 結局はKOHH

「大好きだから嫌い/幸せなのに辛い」

がこのアルバムの複雑な情緒を全部要約して代弁してると思う. 

 

10曲目「人生最高の日」

めちゃくちゃアゲチューン. この情緒の高低差.

なんかBeyonceの「Love On Top」的なバイブス.

アルバムの中で一番ポジティブ. 前しか見てない.

 

11曲目「桜流し

ある日, 母親と見た桜の散る風景.

「Everybody finds love in the end」

という歌詞が散る桜と去ってゆく母に対する感情を美しく表します.

 

後半の歌詞では, 「もう二度と会えないなんて信じられない/桜が散るのを見ていた見ていた木立の遣る瀬無きかな」

と去ってしまった者に対する情緒を, 前半とは時制をずらして表現します.

 

ちなみに, 「真夏の通り雨」内に「揺れる若葉に手を伸ばし あなたに思い馳せる時」という歌詞が出てきています. これ, 桜が散ったあとの若葉なんでしょうね.

つまり, 「桜流し」→「真夏の通り雨」というストーリー(季節的にも)っぽい.

さらに, 「花束を君に」, 「人魚」, 「忘却」,「道」も合流して,

花束を君に」→「忘却」→「桜流し」→「人魚/真夏の通り雨」→「道」

という構図(僕の解釈).

Fantomeの曲順は

1. 道

2. 俺の彼女

3. 花束を君に

4. 二時間だけのバカンス

5. 人魚

6. ともだち with 小袋成彬

7. 真夏の通り雨

8. 荒野の狼

9. 忘却

10. 人生最高の日

11.桜流し

となっているので, よく見ると奇数/偶数で恋/愛にざっくり分けることができることがここでわかります.(僕も今びっくりしてる).

また, 「花束を君に」→「忘却」→「桜流し」→「人魚/真夏の通り雨」→「道」とストーリーを解釈した場合, 本来のアルバムのスターターであった「道」が死別の悲しみから立ち上がり, 気持ちよく各々の生活に送り出す応援歌としても機能しません?

 

ちなみに, 大人気アニメ「エヴァンゲリオン」の映画に使われてましたけど, 「Fantome」,「エヴァ」の双方のストーリーの奇跡的なシナジー. すごくない?

 

「全ての終わりに愛があるなら」がこのアルバムを締めくくる言葉.

 

余韻ヤバ.

日本語ネイティブでよかった〜